一般部門

「Aさんと私」 おたんこナース

「ねえ、これ可愛いいんじゃない?」
「このカチューシャ痛いかな?」

休日の商業施設で、私と友人はAさんのヘア飾りグッズを
探す、リボンタイプ、チェック柄、花柄、カラフルな色のヘアゴムやパッチン留め、見ているだけでワクワクする。

私は重症心身障碍児、(者)施設を去年、定年退職した
今は小児発達支援センターでパート勤務をしている。
友人は今も現役だ。重症度も年々増していくなかでの3交代勤務を
激務をこなしている。同じ病棟に勤務していた時から、子供が看護学校の同級生という共通点もあり親しくしていた。テキパキと働く彼女は、情に厚く芯の強い人だ。

Aさんは、脳性麻痺、日常生活は全介助。痙攣発作のコントロールの為に飲んでいる内服のせいかいつも反応は乏しかった。
胃瘻を作ったあとも体調は優れず点滴治療で、ベッド上での生活が殆どだ。
畜痰、吸引、胃食道逆流症による嘔吐、身の回りの介助、看護でAさんに関わる時に感じた。

ずっと痛みや苦しいだけの毎日を送るAさんにとって、楽しい事って何だろう?嬉しい事、気持ちいい事って何だろう?
聞いてももちろん返事は無い。

Aさんが、気分を上げる何か?はないだろうか?
20代後半の女性おしゃれもしたい、マツエク、ネイル、
その年齢ならではの、やりたいこと思いは?
Aさん、私に何かお手伝いしてほしいこと、医療ケア以外に何か
できる事って何?

いくら考えても私には思いつかない
その時、ベッドサイドにあったパッチンどめが、目に入った。
あ、これだ、、

外出はおろか、園内の散歩さえままならない現状
せめて色で、おしゃれをしてほしい、カラフルで、元気が出るような色で・・・。
寝癖の髪を、抑える為だけのアイテムでは無くて
気分を変えるアイテムにしたらどうだろう・・?

日替わりで、可愛いパッチンどめに変えた。こんな小さいパッチンどめだけど、前髪に1個つけるだけで、そこだけ、明るく見えた。その存在が、愛おしく思えた。
日々、咳こみ、嘔吐 わずかの刺激でも痙攣発作、
つらい身体症状から少しは気分が変わった・?
気分を変えてくれた?こんな子供っぽいパッチンどめとか、いやだなとか、もっと可愛いのがいいとか、何でもいいからAさんの思いを聞かしてほしいな。
Aさんは、表情も変化しない、もちろん、声も聴けない

でも、いつか、何かをAさんが感じてくれたらうれしいな。
きっと何か感じているよね。
値段が高いのは、用意できなくてごめんなさいね。
Aさんが、かわいいぱっちん留めをつけるだけで、華やいで見えたよ。

定年後は、継続雇用と共に部署移動という現実が
私とAさんの距離を遠くした。

それから、一年後。

私の思いをつなげてくれた人がいた。
「あ、Aさんに、髪飾り買おうっと。」
その一言で私ははっとした。
友人にAさんの髪飾りに対する思いを話題にしたかは記憶にない。

私自身、忘れていたことを友人は、思い出させてくれた。
有難う。そうだったよね。私、自分の事で精いっぱいで、Aさんの事すっかり忘れていた。
でも、私がいなくてもAさんにしていた事を、続けてくれる人がいたんだね。
覚えていてくれた人がいたんだね。この喜びはAさんにも伝わったと信じている。

医療ケアに追われるのではなく
声なき声に耳を傾けるそんな時間を持つこと、気持ちのゆとりも大事だよって。心に寄り添う支援のために
想像力・共感力の大切さを意識してねって。
言葉のコミュニケーションはできなくても、その存在で繋がる事の可能性を教えてくれた。
これからも忘れないよ。
教えてくれてありがとう。
この感謝の気持ちがいつか、Aさんに届くと信じている。
コロナが落ち着いて、いつか面会にいくね。
待っててね・

 

追記
15年、重心施設に勤務して、
感謝、苦しみ、涙、喜び
失敗、感動だった

Aさんに対する髪飾りのケアは、一方通行で、自己満足にすぎないのか?
と、思い悩み、結果も見えない、わからないままで終わってしまっていた。
だけど、ほんの少しだが、光が見えた気がしたのは、友人の存在だと思う。
最近読んだ本に書いていた。看護の種、その種をまいたら、水をやり成長を見守ってくれる人がいる
心強い。
まいた種はいつか花開くときがくると希望を持つことにしている。

誰かの力を借りないと生きていけない人たちのお手伝いをしている
重心施設に勤務していたあの時、そう思っていた。
でも、それは、健常者という私のおもいあがりで、
私の方が、生きるお手伝いをしてもらっていたと、やっと気がついた。
多くの事を教えられたから、
一生懸命生きること、レスピにつながれた利用者さんが教えてくれた。
私はここにいるのよ。
僕はここだよ。と

痛い、苦しいを、数値と表情でしか表現できなくても、いつもと違う何か感じる力が一般科よりも要求される現場だった。緊張の連続だった。
失敗もした。
そのたびによろよろとたちあがった。
重心児、者の看護の奥深さに気がついたのは定年もカウントダウンという時だった。
スロースターターの私らしい。

今は、医療ケアが必要な未就学児のお世話をしながら楽しく毎日をすごしている
先日も、不明瞭な言葉ながらも、私の名前を呼んで、散歩
で見つけた花を私にと、
摘んできてくれるそのいじらしさに、こみ上げるものがあった。

重心の子を持つ親御さんの役にたちたいから。こんな私にできることがあるなら、私を必要としてくれるなら、好きなこの仕事を続けていこう。体力、気力の続く限りは・・・。

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