当事者部門

「私は今、幸せです」 阿部 侑香里

皆さん、初めまして。中学三年生の阿部侑香里です。私の家は、七人家族で、父・母・姉・私・妹・弟①・弟②となっています。今回の私の話の主役は、体の様々な筋肉がだんだんその筋力を落とし、動かなくなってしまうという難病「筋ジストロフィー」と自分なりに、懸命に向き合っている弟①龍生(たつき)です。

龍生は車イスを使って生活をしています。現在は、一人では立つことも歩くこともできません。生まれつき歩けなかったわけではなく、だんだんと歩けなくなっていく、という感じなので、昔の写真や動画を見ると立っていたり、歩いていたりしています。その写真や動画を見ると現実との違いを見せられている感じがして、涙を流すこともあります。

ですが、現実の龍生は私の前で笑ったり、怒ったりと昔から変わらない龍生なので、そのことに救われ、だんだんと受け入れられるようになりました。それからは二人で、映画を見に行ったり、一緒に料理やおかしを作ったりと私たちなりに楽しんできました。

先日も龍生が
「空中ブランコに乗りたい!」と言っていたので、家族で遊園地に行きました。その日は祝日で、空中ブランコに乗るために一時間以上待ちました。龍生も私もすごく楽しみにしていました。

そして、いざ乗ろうという時に「車イスの方はご自分で歩けますか。歩けないのなら、乗ることはできません。」とスタッフの人に言われました。母はとっさに
「私がおんぶして連れていきます。一時間以上待ったし、ずっと楽しみにしていたんです。」
と言ってくれました。ですが、安全上のためと言われ龍生だけ乗ることができず下から見ることになりました。

母が私に
「せっかく並んだんだし、乗って来たら?」
と言ってくれたので私は乗りました。正直、全然楽しくなかったです。その後、結局どのアトラクションも乗れないことがわかり、帰宅しました。私はこの日のことがとても悔しかったです。改めて、現実の厳しさを見せられました。

こういう気持ちや経験を誰かに伝えられないかな、と悩んでいた時に、アンリーシュさんの作文コンクールを見つけました。私は、きょうだい児として伝えたいことがあったので、挑戦することにしました。

私が今回一番伝えたいのは、一般的に思われがちな「障がい者=かわいそう」という固定概念を少しずつでいいから無くしてほしいという思い、願いです。障がい者とあまり関わったことのない人の中には、かわいそうだから優しく接しよう、と行動しているように見える人がいます。もちろん、周りからの優しさ、サポートには日々助けられています。ですが、なかにはその行動に傷つくこともあります。

私は龍生に対して、特別に優しくしたことはありません。なので、言い合いもするし、けんかなんて毎日のようにあります。そのほうが、龍生も明るく、生き生きとしているように見えるからです。

だから、周りの方々も同情はしてほしくないし、かわいそうと思わないでほしいです。私たち家族はかわいそうでもなんでもない、ありのままの家族です。普段、健常者の人と関わっているように、私たちにも関わってくれればそこに絆がうまれるのだと思います。

最近の世の中では、新型コロナウィルスや誹謗中傷が原因の自殺などで、大切な命が日々消えてしまっています。そんな世の中でも、少しずつ少しずつ、色々な人たちを受け入れられたら、個人の考えは変わってくるのかな、と思います。

そういう明るい未来を実現するためには人々の「絆」が必要だと思います。健常者、障がい者、性別を問わず全員をむすぶ絆が。そして、一日でも早く未来が明るくなるように願っています。

最後に、この作文を読んで下さった方々、ありがとうございました。同じ悩みを持った方々のほんの少しでも力になれていたら、うれしいです。

私たち家族は、今とっても幸せです。

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