カラン、カラン…ぎゅっと握りしめたプラスチックのフライパンから、おままごとのハンバーグがぽーんと勢いよく飛び出し、床に転がる。
「あの、落ちましたよ~。はい、どうぞ!あちちちちっ!」と、女優さん顔負けの演技でハンバーグを拾った手をフーフーする子。その「あちちちちっ!」の台詞に顔をくしゃくしゃにしてキャッキャと笑うシェフ。
私が勤務していた『放課後等デイサービス』という小学生~高校生までの児童が、下校後や学校休業日に通所する施設での一コマである。
元気にご機嫌な声を上げながらフライパンを握っているのは、医療的ケアのある小学生。座位が安定してきて、おままごとの玩具などを持って遊ぶことも上手になった。
年下のかわいい子にユーモアたっぷりに声を掛けたのは、知的・情緒面でサポートが必要な高校生。私が勤めていた放デイは特性を問わない事業所だったので、他校、異年齢でも、同じ地域で暮らす仲間になれる場所だ。
数年前、おままごとのフライパンを揺らしていたお子さんのお母様が見学にいらした。お母様は子どもの成長に新たな環境を増やそうと、本当に一生懸命だった。
わが子の疾患や特性を、丁寧にお話をしてくださった。これは大丈夫、この時は気をつけるなど、こちらの疑問や不安を一つ一つクリアにして下さった。
というのも、私の勤める放デイでは看護師が常駐しておらず、医療的ケアが行えない実情があったからだ。
お話を伺いながら、これまで親子で乗り越えてきた苦難や、どこかを訪問するたび何度も何度も同じ説明をし、理解してもらう・・・努力をしなければいけなかったのだろうな…本来は私たちの受け入れ体制を整えていくべきだよね?と感じていた。
一方、それまでも医療的ケアが必要なお子さんは在籍されていたが、体調と相談し、今日はどんな過ごし方がいいかな?と悩むことも多かった。
こうしたらどうかな?あんなことも出来るかな?と、成長に合わせて見直すことは、難しいこともあったが、楽しみも沢山あった。
放課後なので、学校の協力も欠かせない。放デイの特徴を考慮し、呼吸が楽にできるように、痰吸引を下校間際に行って下さったり、その日の活動内容や体調を引き継ぐ。そのお子さんが「楽しく」「安全に」放課後を過ごせるようにと準備して下さる。
活動の中で、私たちの判断を助け、発信してくれるのは、いつでもそのお子さん自身だ。声の張りや、体の動き、爪や唇の色、呼吸の仕方、表情。「私、今、こんな感じだよ!」と知らせてくれる。その日のコンディションによって、過ごし方は変わってくる。
そして、子どもは素直で正直だ。職員が声を掛けるより、お友だちの声掛けや動きには、格段に反応がいい。子ども同士のふれあいの中で成長を感じることがたくさんある。お互いに興味や関心を引き寄せ合い、顔を合わせて微笑んでいる光景は胸がキュンとする。
目を大きく見開いてキョロキョロ、耳を澄ましてにぎやかな声を楽しんでいる。お友だちがジャンプを繰り返して、ダン、ダンと床を踏み鳴らし、ビックリするのかと思ったら、再び音がするのをワクワクして待っている。遠くでジャンプがはじまると、お布団の上で手足をパタパタ動かして笑う。
座位が不安定な子が、お友だちに「遊ぼう~!」と手を伸ばして、一生懸命バランスを取りながら座っている。頑張った後でお布団へ移動すると、満足そうに眠りにつく。すこやかな寝顔がいとおしい。
ご家族に、その日の活動や、お友だちとの交流の様子をお伝えする。「よかった。楽しかったね。」と、わが子に語りかける顔は、やわらかで、安堵に満ちる。
放課後やお休みの限られた時間。地域の友だちとつながる大切な時間。その「絆を生む力」は、お子さん自身がちゃんと持っていて、成長しようとする姿そのものが皆を結びつける。安心して楽しく通える、安心して預けられる、充分な備えで預かれる。
医療的ケアのことをたくさんの人が知り、より安全に通えることが、より絆を強めていくのだと思う。