当事者部門

「主治医の先生との奇跡の出会い 今私が私らしく生きれている事」 かなこ

私は、原因不明の病気と闘っています。
今の主治医の先生に出会うまでは、きちんとした病気として扱われることはなく、気持ちの問題だと扱われてきました。

そんな私は未熟児で生まれたけど、特に変わりなく発病まで育ってきました。
私が症状を訴えはじめたのは、小学校高学年の頃でした。
走ると胸がギュッと締め付けられて苦しくなる。
立ってられないほど頭が痛くなって倒れそうになる。
朝起きても寝た気がせず常に眠たい。

今幼少期の頃を思い返せば、赤ちゃんの時から母乳の飲みが悪く、ちょっと飲んだらすぐ疲れて常にミルクを飲ませないといけない状況や、ロウソクの火が消せない事や、体重の増加が悪いことなど色々発達に影響があったみたいですが、医師からもその子その子の成長があるからと言われて当時母親は、我が子は飲むのが苦手、吹くことが苦手なんだ成長がゆっくりなんだと思ってたみたいです。

小学校の時から症状はありましたが、なんとか日常生活を送れていたため、中学校では剣道部に入りました。
部活を始めて4ヶ月経たない頃とても息が苦しくて咳も止まらず、見かねた母が病院に連れて行きある日突然、入院生活が始まりました。

今でも忘れられませんが初めて入院したその日は私の誕生日の日でした。
ただ、いくら入院して原因精査しても呼吸機能が低下しているしか原因がわかりませんでした。
思春期という事で、そこの病院では精神的だ、気持ちの問題だと言われ、たくさん医師や看護師さんから傷つく言葉をなげられました。
ただ、酸素濃度が下がったり肺炎を繰り返したりで状態が安定せず入院が多く中学校も高校もほとんど学校に行けず、気持ちの問題だと言いながらも、酸素投与やステロイドなどの治療をうけていました。

月日は流れ20歳になり、小児科を卒業する時がきて総合病院から大学病院に転院する事になりました。
原因がわからないがゆえに気持ちの問題だと扱われてきたので小児科卒業時には、新たな病院に転院する勇気がなかなか出ませんでした。

そんな私ですが、勇気をだして大学病院の呼吸器内科に受診。
この転院が人生の大きな転機となり、そして主治医の先生との奇跡の出会いとなりました。
初めて会った時から、主治医の先生は私と真剣に向き合ってくれてたくさん治療方法を探してくれました。

遺伝子検査などしましたが結局は病気が分からず、年々呼吸筋が弱り今は気管切開しています。
きちんとした病名がわからいので、「なんで私だけこんな思いをしないといけないんだろう。」「なんでみんなと同じ様に生活できないんだろう。」と悲しくなって時にモチベーションが保てなく主治医の先生を困らせてしまう事もあるけど、そんな時は時間を作ってくれてしっかり話して、どうしたら今の状況が少しでも改善できるかなど考えてくれ、私が前を向いて生きて行ける様に支えてくださっています。

色々話している中で先生が私に言ってくれた「他人と比較するのではなく、かなこちゃんはかなこちゃんらしく生きていったらいい。」と言ってくれたその言葉にとても救われました。

気管切開をしているため、常に痰の吸引など医療ケアが必要ですが、人目を気にせずに今私が私らしく生きれているのも主治医の先生のおかげです。

主治医の先生と出会えた私は、本当に奇跡の出会いをしたと思うし、先生に出会うまでに過去に色々ありましたが今、恵まれた環境に落ち着けたと思っています。

コロナが流行してからは、なかなか外には出れませんが、これからも日々一生懸命私と向き合って治療してくださる先生方に感謝して、いっぱい色んな事を経験して私らしく生きていきたいと思います。

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