当事者部門

「一緒に子育てをした同志たち」 橋本 美穂

「あなたの息子さん、機嫌が悪いみたいなんだけど…」そう言われて、泣きそうになったことはありますか?私はあります。なぜかというと、私の息子は普通の子とは少し違った魅力をたくさん持って生まれた子どもだったからです。

息子の真永(まなと)は2018年8月17日に2342gで生まれました。ある日突然胎動が感じられなくなり、出産予定日の丁度1か月前、緊急帝王切開で出産しました。わけも分からないままお腹から出てきた息子と対面した時、息子は泣いていませんでした。なんらかのトラブルがあり低酸素状態が続いた真永に重症新生児仮死、低酸素性虚血性脳症という診断が下りました。簡単に説明すると脳死に近い状態とも言われました。

初めの頃はどうせ長生きできないのなら、情が深くなる前にお別れした方が良いのではないか、そう考えてしまうほど真永との関係に悩んでいました。とても愛おしく思っていましたが、目を開けることもなく、泣くこともなく、自分でミルクを飲むことも、呼吸することすらできない息子にどう接したら良いのか、正直分からなかったのです。しかし、毎日NICUに通い続ける中で、看護師さんが他の子と同じように我が子に接してくれている姿を見て、少しずつこの子なりの表現を汲み取ってあげれば良いのだと思うようになりました。

NICUを卒業後、在宅移行をするまでの間を一般病棟で過ごしました。そこでは、人工呼吸器の管理、痰の吸引、注入、導尿、投薬、カニューレ交換、チューブ交換、緊急時の対応等、覚えなくてはならないことが山積みでした。

中でも1番心配だったのは、真永の気持ちをどう汲んでいけば良いのかということでした。しかし、意外にも真永は自分をしっかりと持っている子でした。私も看護師さんも先生でさえ、「これぐらいなら大丈夫でしょ」と思っていたことを真永はことごとく「これは嫌!もっとこうして!!」と主張してきてくれたのです。まったく、たいした息子です。1ミリも動かず、一言もしゃべらず、なんとかそれを伝えようとするのですから。

母乳の流速を1時間でたった2ミリリットル増やした後に胃残を増やして抗議した真永に対して先生も「2ミリリットルでも嫌か…。ごめんね、元に戻すから怒らないでね」と降参した程でした。次第に真永は『違いの分かる男』として一目置かれるようになり、真永が心地よく過ごすためにはどうすれば良いのか、先生や看護師さんと一緒になって考えるようになっていきました。

真永はお風呂が大好きでした。ベビーバスに浸かるととても良い表情をします。逆に点滴が入っていて入浴できない日があると「今日はお風呂、入らないの?」と目で訴えてきます。時には心拍を上げて怒っているように見えることもありました。

そこで、ビニールで点滴部分を覆う等対策を取り、なんとか毎日入れる工夫を看護師さんと相談しました。注入にもこだわりがあるようで、人工乳や栄養剤を使うと途端に下痢をする真永。それを「真永くんはママのおっぱいが好きなんだね」と受け止め、出来るだけ母乳で育てたいという私の意思も尊重して進めてくださる先生。

みんなで一緒に試行錯誤を続けるうちに、「お母さんはどう思われますか?」と治療方針や真永の体調に対しての意見を問われることも増えていきました。私も真永の母親としてそれに一生懸命応えるうちに、段々と先生、看護師さん、母親の3者で真永を育てているという感覚になっていきました。それは子育てをしていく上での同志のような絆でした。

そんなある日、私がいつものように病室に行くと、看護師さんに言われたのです。「まなちゃんママ、真永くんの目がパッと開いていて、何か言いたそうなの。きっと、何か嫌なことがあるんだと思う。体位かな?ママが来なくて寂しかったのかな?私が夜なにかしちゃったかな?真永くん、教えて~!」そう言って、疲れているだろう夜勤明けに真永に寄り添ってくれている姿を見て、私は泣きそうになったのです。

私以外にも私と同じように寝たきりの息子の気持ちを汲み取ろうとしてくれる人がいる。そして、その気持ちに応えようとしてくれている。自分では何も出来ない真永だけども、こんなにたくさんの人に愛され、大切にされている。そう感じることができた瞬間でした。

真永のように医療的ケアがある子や病気を抱えている子は1人では出来ないことがたくさんあります。周りに助けてもらわなければならないことがたくさんあります。でも、助けてもらうからこそ、そこに絆は生まれるのです。母親の私だって、医療的ケア児を1人では育てられません。たくさんの人に助けられ、一緒に考え、一緒に子育てをしてきました。そこに絆が生まれたのです。

真永は2020年2月7日に1歳5か月でお空に旅立ちました。真永が結んでくれたたくさんの絆や、真永が教えてくれたたくさんの幸せの形を胸に、これからも真永の母親として生きていきたいと思います。

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