当事者部門

「私たちの絆」 ひびき

(注)応募時に無題だった作品は、作文コンテストのテーマである「私たちの絆」をタイトルとしています

全く、信じられないことが起こってしまったね
ごろりごろりと半寝返りをする娘、灯里に声をかけると
きりりと強い目力で「かあさん」を一瞬見つめて
すぐに涼しい顔をした
本当なら3月末に中学卒業式をお世話になった先生達と在校生に囲まれ
感動のセレモニーをばあば達も参列する中見守れた筈なのに
辛うじて卒業式はやれたものの在校生来賓フラワーシャワーも無し、父母のみ参列で30分
先生達を見送れる離任式も無くなり学校は長い休校に突入
暇だね 氏神様にお参りのついでにお散歩でも行こうか

飲み物、タオル、おやつのプリン、その他諸々を積み込んで
灯里を抱き上げ車椅子に乗せる

緊急事態宣言の中、遠出や人混みへは自粛だから
すぐそばの畑や森林公園とは名ばかりの林の横道を通ると
普段は見かけない近所のご夫婦が連れ立って歩くのに出くわす

お互い交わす挨拶は、ゆったりと笑顔
ああ、あなた達もですか 外の空気くらい吸いに出たいですよね
そんな感じ

静かな境内は人気もなく、灯里と2人
コロちゃんの早い終息を祈った

これからどうなるんだろうねえ

そう言ったかあさんに

みんなかわらなくちゃいけないんだよ

そう灯里の指が綴った

話せず歩けないけれど指談で彼女の考えを伝えてくれる

外に出ればマスク率100%。人混みは避け帰宅したら手洗いうがいは当たり前
テレビでは変わってしまった社会、新生活様式と声高に伝える

変わってしまった?
ああそうか、
行きたい場所に行きたい時に行けて
食べたい時に食べたい店に入ることができる
そういうのが一般的な感覚なんだろうけれど
重い病を持つ家族がいる私達にはそれは元々当たり前の事じゃないのだ

何日も前から予定していた久しぶりのお出かけも
体調が安定しなければアッサリ流れる
多少無理してなんて危険な事はそもそも出来ない

お出かけ自体、大切な大切なとっておき
行きたい時に行きたい場所に行ける幸せは
そうでなくなった時に1番分かるから
私達はその幸福を最初から知っているんだ

感染を防ぐための諸々は、日常過ぎて違和感も無いから
マスクや消毒液の買い置きも当たり前だった

変わってしまった?
いや、私達は大して変わらない気がするよ
ひねくれているのかな?かあさんは

 

灯里は透き通った瞳で参拝しながら

かあさんもかわったでしよ

 

と書いた

 

かあさん?

かあさんの変わったことなんて

主治医の病院に受診は出来なくなったけど、電話受診で診てもらっている
病院リハビリは休止になったけれど
訪問リハビリも訪問診療もヘルパーさんも変わらず支えてもらえている
学校だって預かりという形で授業ではないけど変わらず通えている

変わってしまった社会の中で
変わらない私達の生活を
変わらず支えてもらえている

感染の危険も省みず
「日常」を支えるために変わらず寄り添ってくれる人たちがいるから
私達は変わらない生活を送れているんじゃないか

 

 

それって

ものすごく
ものすごく

すごいんじゃないか?

 

 

…ああ、そうだ。

かあさん、気がついた

 

 

変わったのは

変わらず私達を支えてくれる訪問や訪問リハビリやヘルパーさん達への
感謝だ

何重にもマスクやゴーグルや医療マントをして
サンタのような大きなバッグをいくつも担いで
風のように来て、迅速に診察をして、風のように去っていく
この後また何軒私達の家族のようなお家を支えに回るのか

私達は脆い、壊れやすい、家族を抱え思うに動けず
代わりに動き助けケアしてくれるあなた達がいるから
こうして息抜きのお散歩なんかができるのだ

世の中が私達の生活様式に近づいたなんておこがましいね
かあさんの中で確かに変わったもの

いつも支えてくれるあなた方への感謝の
想いが深く尊くなったのです

 

そうだよね、灯里

 

気がついたのねかあさん、
そんな顔でかあさんをちらりと見て
灯里はあくびをした

そろそろ帰ろう
もうじきヘルパーさんが来てくれるよ

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